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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)35号 判決 1988年9月29日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 野田房嗣

被告 東京都人事委員会

右代表者委員長 舩橋俊通

右訴訟代理人弁護士 浜田脩

右指定代理人 渡邉司

<ほか一名>

主文

本件請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告が原告に対し昭和六〇年一二月二五日付けでした昭和五八年(行)第一号行政措置要求事案についての右措置要求を却下する旨の判定を取り消す。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

2  被告

主文同旨。

二  請求の原因

1  原告は、昭和五三年四月一日、東京都知事より主事に任命され、都立駒込病院に配属されて、同病院神経内科の医師として勤務している者である。

2  原告は、昭和五七年一一月ころ、同病院神経内科医長矢野雄三から、入院患者の担当を除外する旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けた。

そこで、原告は、昭和五八年一月一三日、被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づき、神経内科の入院患者を担当させなければならない旨の措置要求を行ったところ、被告は、昭和六〇年一二月二五日、右措置要求は地公法四六条の勤務条件に関する事項に該当しないとの理由で、これを却下する判定をした。

3  しかし、右判定は、以下に述べる理由により地公法四六条の解釈を誤ったもので、違法である。

(一)  地公法四六条は、職員は「勤務条件」に関し人事委員会等に対して措置要求をなし得る旨を規定するが、その存在理由は、特定の職員について、現実にされている不当な勤務上の処遇を是正し、職員の職務と責任にふさわしい勤務条件を保障し、かつ、職員の正当な要求の実現を担保しようとするものである。そして、ここに「勤務条件」とは、「労働を提供し若しくはその提供を継続するか否かを決定するに当たって当然考慮の対象となるべき利害関係的事項」をいうと解すべきである。

(二)  ところで、医師は、患者の診察、治療行為に従事することをその本質的業務内容としている。入院患者の診療を担当し、これを恒常的に観察、治療することもまた右業務内容に包摂されるものであり、その根幹をなすものである。しかも、入院患者の病疾、病歴を継続的に把握し研究することは、医師の自己研鑚にとって不可欠の機会であり、これを得て臨床医としての資質が練られ、十全な診療行為をなし、更には昇進の機会を得るのであって、入院患者の担当は、いわば医師の権利である。医師は、外来患者、入院患者の双方を担当するのが本来であって、東京都に勤務する医師のうち一方は担当するが他方は担当しないという者は、原告以外には存しないのである。

入院患者を担当するかどうかは、経済的利益に直結するものではないが、将来における適切な昇任等の可能性に影響を与えるという意味で、これと密接に関連するものであって、医師として勤務するに当たり当然考慮の対象となるべき利害関係的事項であることは明白である。

したがって、入院患者の担当は地公法四六条にいう「勤務条件」に該当する。

(三)  本件処分は、矢野医長が、原告に対する個人的な反感や自己の不手際、能力の欠如を指摘されたことに対する報復的意図に基づき、指揮監督権に藉口して行った専断的、恣意的なものである。すなわち、矢野医長は、本件処分までの間に原告担当の入院患者を減少させる措置を行っているが、その原因は、「レントゲン棚を勝手に整理した」とか「口笛を吹きながら廊下を通った」とか或いは通常では問題にならない「ICUの引き継ぎが遅れた」などという些細なもので、原告に対する感情的な反感を理由としたものとしか考えられないこと、矢野医長は、原告から自己の診療技術に対する批判を受けて嫌悪していたこと、本件処分は、矢野医長が独断専行したもので、病院当局による調査や判断の手続きを経ていないこと、矢野医長は、本件処分後、原告をカンファランスや抄読会、総回診、学会発表等からも意図的に排除しているが、これらは本件処分とは関係のないものであること、原告をカンファランスから排除したのは、矢野医長が過去にカルテを改竄して事故を糊塗したことが露呈し批判されるのを恐れたためであることなどによって明らかである。

仮に、本件処分に何らかの理由があるとしても、矢野医長は明確にその理由を告知していないし、たとえ、矢野医長が挙示するような事由があったとしても、到底、本件処分の根拠とはなり得ないもので、必要最小限度の制裁という限界を越えている。また、本件処分においては、原告の態度が是正されたかどうかを検証する客観的な尺度がなく、処分による生殺しの状態を解消する契機が矢野医長の主観にしかないという不合理なものである。

したがって、本件処分が管理運営事項に当たることを理由として、原告がした措置要求をその対象から除外することは許されない。被告は、本件のような恣意的な勤務条件の変更、不平等待遇に対する身分保障機関としての存在意義を有するものであり、措置要求は、不合理な管理運営の適正な修正を図るための制度だからである。

4  よって、被告がした却下判定を取り消す旨の裁判を求める。

四、請求の原因に対する答弁及び主張

1  請求の原因1、2は認めるが、3は争う。

2  地公法四六条は、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、職員がその維持、改善を目的とする要求をすることを認めている。右制度は、同法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、協約締結権、争議権を認めず、また、労働委員会に対する救済申立の途を閉ざしたことに対応したものであって、職員の勤務条件の適正を確保するために、人事委員会又は公平委員会の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障する趣旨のものである。したがって、同条にいう勤務条件は、その例示する給与、勤務時間のほか、旅費、休暇、執務施設の状況等の職員が勤務する上で利害関係のある事項を広く含むと解するとしても、制度の趣旨に鑑み、職員の経済的地位の向上に関連したものでなければならないのである。

しかるに、原告が本件措置要求において求めているのは、駒込病院の神経内科の入院患者を担当させることというのであって、何ら原告の経済的地位の向上に関連したものとはいえないから、地公法四六条の措置要求の対象とはなり得ないものである。

そればかりでなく、病院所属の医師に入院患者を担当させるかどうかは、医療について専門的知識を有する当該病院の管理者がこれを専ら判断し、また、その結果について責任を持つべき管理運営事項に属する。したがって、かかる事項について人事委員会に判定を求めることは、勤務条件に関する措置要求制度の予定するところではなく、本件措置要求は不適法である。

3  したがって、被告が本件措置要求を却下したことは正当であり、本件判定に違法はない。

三、証拠関係《省略》

理由

一、請求の原因1、2は、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件措置要求が地公法四六条の「勤務条件」に関するものであるかどうかについて判断する。

1  地公法四六条は、「職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。」と定める。その趣旨は、地公法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、協約締結権及び争議権等の労働基本権を制限したことに対応して、職員の勤務条件の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会等の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとするものである。すなわち、同法は、職員の労働基本権を制限する代償として人事委員会等に対する措置要求の制度を設けたものであって、このような制度の趣旨及び同条が「給与、勤務時間」を例示していることに鑑みれば、措置要求の対象となる事項は、勤務の提供又はその継続の可否を決定するに当たって当然考慮の対象となるべき利害関係的事項を広く指すものではなく、職員の経済的地位の向上に関連した事項に限られるものと解すべきである。

また、右のような制度の趣旨からすると、予算執行権や人事権等の管理運営事項は、措置要求の対象とはならないものと解すべきである。けだし、これらの管理運営事項は、権限を有する地方公共団体の機関が専権的に決定することのできる事項であって、もともと団体交渉によって処理すべき事項ではないからである(地公法五五条三項参照)。もっとも、管理運営事項であっても、権限を有する機関が自らの判断で職員団体の意見を聴取し、その結果を参酌して事務を処理することまでを否定すべきではなく、管理運営事項が労働条件と関連するものである場合には、むしろ、その方が適当であることが少なくはないと考えられる。しかし、その場合でも、最終的な判断は、権限を有する機関が自ら行うべきものであって、他の機関の指示や勧告等によって影響を受けるべきではないから、いずれにせよ、管理運営事項は措置要求の対象には含まれないものと解すべきである。

2  これを本件について見るに、本件措置要求の内容は、原告に駒込病院の神経内科の入院患者を担当させることというものであって、それ自体が経済的地位の向上に関連した事項とはいえないから、地公法四六条にいう「勤務条件」に関するものには当たらないと解するのが相当である。原告は、入院患者の病疾、病歴を継続的に把握し研究することは、医師の自己研鑚にとって不可欠の機会であり、これを得て臨床医の資質が練られ、十全な診療行為をなし、更には昇進の機会を得る旨を主張する。しかし、その趣旨とするところは、単に医師としての研鑚や資質の鍛練更には将来の昇進に影響する可能性があるというに過ぎないのであって、本件の全証拠によっても、現実に給与、勤務時間その他の待遇に影響があることが認められない以上、入院患者を担当することが経済的地位の向上に関連したものとはいえない。

のみならず、本件処分は、原告を入院患者の担当から外し、したがって外来患者の診療のみに当たらせるというものであるが、もともと、病院に所属する特定の医師に入院患者と外来患者の双方を担当させるか、それとも一方のみを担当させるかは、同人の資質、経験、適性のほか、同僚の医師や看護婦との関係更には患者に与える影響等を総合的に考慮し、専ら当該病院の管理者がその専門的知識と責任とに基づいて決定することのできる管理運営事項であると解されるから、本件において入院患者を担当することが何らかの意味で原告の経済的地位の向上に関連するとしても、措置要求の対象にはならないものというべきである。

したがって、本件措置要求は、地公法四六条の「勤務条件」に関するものには当たらない。

3  原告は、本件処分は、矢野医長が原告に対する個人的な反感や自己の不手際、能力の欠如を指摘されたことに対する報復的意図に基づき、指揮監督権に藉口して行った専断的、恣意的なものであると主張する。しかし、右主張自体が根拠の乏しい一方的なものであるばかりでなく《証拠省略》中には、右主張に符合する部分もあるが、これらは次の各証拠と対比して直ちには採用することができず、かえって、《証拠省略》によれば、原告の方こそが、自己中心的で、上司や同僚、看護婦等との協調性に欠け、常軌を逸した言動が少なくなったことがうかがわれる。)、仮に右主張のような事実があったとしても、そのことの結果として、本件措置要求が原告の経済的地位の向上に関連したものとなるとか、本件処分が管理運営事項ではなくなると解する余地はないから、いずれにせよ、前記判断を左右することにはならない。

三  よって、本件措置要求を却下した被告の判定は正当であって、その取消を求める本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 新堀亮一 田村真)

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